コラム

 公開日: 2014-07-29 

苦しみや痛みを受け入れる人間的な伝統技術 ─東北関東大震災・被災の記(第153回)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 7月5日、大震災によって生まれた膨大な悲しみに人と社会がどう対処すればよいかを問うシンポジウム「震災と宗教―悼みと向き合える社会へ―」が開催された。
 場所は東北学院大土樋キャンパスである。
 7月27日に掲載された河北新報の記事を元に、宗教者としてかかわってみたい。

 パネリスト6名へ与えられたテーマは「〝悲しみの技術〟を巡って」である。

1 苦しみや痛みを受け入れる技術について

 会議の冒頭、東北学院大副学長、教養部教授である佐々木俊三氏はテーマの理由について語った。
「現代社会は工学的な技術一辺倒になっているが、苦しみや痛みを受け入れるのも人間的な伝統技術ではないのか」

 そのとおりである。
 苦しみや心の痛みがどうにもできぬほどのものであっても、私たちは今日を生きねばならない。
 それも、社会人として、人と人との間にある人間として。
 ここで発生する心の呻きは、平穏な日常生活のどこにも、溶け込ませることはできない。
 打ち寄せる波は砂浜に吸い込まれるようなわけにはゆかない。

 それを受けとめるのが祈りである。
 むろん、苦しむ人そのものが、自分で苦しみのエネルギーを祈る思いへと転換させることは難しい。
 そこで救いとなるのが、まさに「人間的な伝統技術」としての宗教である。

 人間はいつからか、両手を合わせて祈るようになった。
 合掌が自然発生的なものか、宗教的感覚に優れた行者がつかんだものかはわからないが、私たちは、「左手は自分、右手は聖なる存在を象徴する」といったシンボルとしての意義付けにまで到達した。
 こうした意義を知り、伝統的に行われてきた合掌を実践する時、自然に瞼が下がり、苦しみのエネルギーは確かに変容する。
 いつしか、合掌は、み仏の姿となった。
 み仏は、遙か彼方の山の向こうからやってくるのではない。
 天上高くおわすのでもない。
 祈りにより、私たちの心そのものに〈おられる〉ことが、明かになってくるのである。
 祈りが深まれば、山にも雲にも風にも、鳥の声にも、笹のそよぎにも〈おられる〉ことが感得できるようになる。

 さて、私たちのいのちのはたらきは、身体と、言葉と、心とによって営まれている。
 合掌は身体のはたらきである。
 遥か昔、呻きの中から発せられた言葉が「南無」となり、真言となり、経文ともなって整備されてきた。
「南無大師遍照金剛」「おん あびらうんけん ばざらだとばん」と唱えられ、般若心経を唱えられる現代人は幸せ者である。
 大きな大きな伝統のおかげで、唱えようを知り、言葉もはたらかせられるからである。
 また、み仏をはっきりと感得し、その世界へ深く入り込んだ宗教的天才たちが、観想(カンソウ)としてそのイメージを遺し、それも伝統として伝えられている。
 だから、凡夫である私たちは、苦悩の果てに道をつかめぬまま死んで行かずに済むようになった。
 イメージに導かれ、一種の他力によって、早く、救いの世界へ行くことができる。
 それは、スポーツの選手が監督やコーチや先輩の手ほどきを受けて技術と能力をアップさせるのと同じである。
 先に〈つかんだ〉実践者からの手ほどきは、まことにありがたい。
 こうして、私たちは、「人間的な伝統技術」によって、身体と言葉と心の用い方を学び、合掌し、真言を唱え、観想と瞑想を行い、波が砂に吸い込まれるように呻きを解消してゆくことができるのである。

 震災後、当山を訪ねた方々はご葬儀や供養や祈祷の場で異次元を感じ、呻きを和らげ、祈り方を学んだ方々は自力で呻きを解消されるようになった。
 宗教は、救いを求めないではいられない私たち人間が積み重ねてきた救いのための「人間的な伝統技術」そのものである。

 ほとんどの場合そうであるように、このシンポジウムにも、僧侶は参加していない。
 今回を第一回とし、今後、幾度かにわたって、この日のテーマに関し、祈りの現場からの発言しておきたい。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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