コラム

 公開日: 2014-08-03 

長寿をどう生きるか ―まっとうに長生きできてこその歓び―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈お墓の力〉

 7月31日、厚生労働省は、平成25年の日本人男性の平均寿命が80・21才となり、初めて80才台に乗ったと報じた。
 女性は86・61歳で世界一を持続している。
 主な理由は、医療の進歩によって、ガン、心疾患、脳血管疾患、肺炎の4大死因が克服されつつあることにあるという。
 私などは、その前提条件として、戦争や内乱がないことと、ある程度の食生活が確保されていることを挙げねばならないと思っている。
 相前後するように、ストーカー事件についての報道もあった。
 還暦以上の高齢者が起こす事件はここ10年で約4倍になったという。
 30才台が約2倍なので、異様さは際立っている。

 10年ほど前にA医師からいただいたメールを思い出した。
 午前2時半、彼は死者を送り出してからメールを打った。

「過半数の寿命が八十才を越えるというのは人類史上初めてのことで、精神寿命の伸びが追いついていないように思う」

「大脳生理学的には、人間の精神的行動は元来の性癖に向かうところを、大脳で抑制しているというメカニズムです。
 ところが大脳の働きが落ちてくると、抑制が取れてくるので、個人の個性が露わになってきます。
 それで、若い内から野放図に活きてきた人は段々本性が露わになってきて、晩節は嫌われ、軽蔑されながら最後を迎えるケースが結構あります。
 個人の不徳が周囲をも不幸にします」
 
「80才を越えて善人の人は、本当によい人なのでしょう。
 晩年の生きようが、その人の総決算だとすれば、日頃から、教養と徳を積む努力を怠らないことが大切だと考えさせられます」

 年をとり、自己抑制機能が衰えると〈地が出る〉のだという。
 うわべのごまかしは効かなくなる。
 自業自得とはいえ、恐ろしい話である。

 ダライ・ラマ法王は、死後の転生について説かれた。

「その人物が死ぬ瞬間に近いほう、より時間的に遅く行われた行為から生じたカルマがより大きな意味を持つ」

「その人が普段からどのように振る舞っていたか、どちらの行為が、より彼にとっては馴れ親しんだ行為であったかによって決定されなければならない」

「誰かを憎み恨むような悪しき感情が、自分の死に際して自分自身の心の中に芽生え、育ったなら、一瞬にして、それまで集積してきたカルマの平衡は崩れ去る」

 まず、常々の生き方が大切であり、しかも、後へ行くほど気をつけねばならない。
 ましてや、死ぬ間際まで恨み辛みを言っているようでは、本人が地獄界などへ堕ちるだけでなく、周囲の人々へも落胆や軽蔑といった嬉しくない感情を起こささせてしまう。
 居直り、「どうせ死ぬのだから」と気ままをやるお年寄りほど愚かしく、手に負えぬ困り者はない。

 お釈迦様は説かれた。

「昼夜に慢惰(マンダ…だらけた行動)にして、老ゆるも淫を止めず、
 財あるも施さず、仏の言を受けず。
 この四蔽(ヘイ…霊性を覆い隠すもの)有(ア)らば、自(ミズカ)ら侵欺(シンギ…損ない欺く)を為す。
 咄嗟(トッサ…瞬間)に老い至れば、色(シキ…美しい容貌)変じて耄(モウ…老いぼれ)となる。
 少(ワカ)き時は、意の如くなるも、老(オ)ゆれば蹈践(トウシャク…踏みにじる)せらる」

 老いてなお、だらけた生活を送り、異性に強い興味を抱き、財産を抱えたままで施しを行わず、仏教などによって人の道を学び実践しようとしない。
 こうしたお年寄りは、自分で自分の霊性を覆い隠し、この世で修羅界や餓鬼界や畜生界や地獄界を生たまま、そうした世界へ旅立つ。
 いつまでも若い気でいたとて、寄る年波には勝ちようがない。
 元気なうちは気ままがやれても、やがて身体が言うことをきかなくなれば、誰かの手を借りねば生きられなくなる。
 ――必ず。

 今朝の河北新報を斜め読みしたら、故福田恒存氏の忘れがたい言葉が載っていた。
 紹介者は北海道大学准教授中島岳志氏である。

「福田は『私たちが真に求めているものは自由ではない』と断言する。
 そして、人間が欲するのは『事が起こるべくして起こっているということ』であり、『そのなかに登場して一定の役割をつとめ、なさねばならぬことをしているという実感』であるという。」

 若き日に出会い、〈これぞ真実〉と思われた思想である。
 自由気ままにやれば、それで真の幸福を得られるのではない。
 人生をかけてなすべきことを見つけ、結果を信じて努力できること。
 これ以上の幸せはない、と、今でも思う。
 そして、それは、自分次第で、死ぬまで実践できるのである。
 しかも、心がけひとつで、いつ、どこにでもそれは見出せる。
 たとえば「ありがとう」と微笑むまごころの表現は、和顔悦色施(ワゲネツジキセ)という立派な布施行であり、生き仏になる方法の一つである。

 若者たちのおかげで長生きしている年配者の方々よ。
 ありがたいのは、長生きできることそのものではない。
 まっとうに長生きできればこその歓びではないか。
 共に、よく考えてみたい。

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

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