コラム

 公開日: 2014-08-06 

人はその人なりの必然性をもって生きている ─「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」を読む(43)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 平成6年、ジャーナリスト大谷幸三氏は、インドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマ法王への質問を数日間かけて行い、回答をまとめた。
 それがテキスト「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」である。

第7章 「知」と「心」の融合 ―求めつづけることの大切さ―

2 最後のダライ・ラマ

○個々の立場の違いを尊重した仏陀

「仏教は布教に熱心であるとは言い難い。
 もちろん活発な布教活動を行っている宗派もあることはあるが、仏教全体で見るかぎり、他の大宗教ほどの布教を行っているようには見えない。
 歴史的には大がかりな布教活動がなかったわけではない。
 たとえば、古代インドのアショカ王は布教のための使節を王国の外にまで派遣したことがある。
 だが、この布教の問題に関しては、仏陀の教えそのものの影響が大きいように思われる」

 仏教は一般的に、誰かを言い負かして屈服させ、信者にするという行動をとらない。
 それは、過去の因縁や生活環境や資質などによって千差万別な人々がそれぞれが、違ったままで救われることを目ざしているからである。
 唯一絶対の正義である万能の剣をふるうという高慢な姿勢とは、まったく異なっている。

「仏教はその内部に相矛盾し、相対立する哲学や伝統を有するいくつもの宗派が存在する。
 たとえば、シッタ・マントラ派(唯心派)と中道派である。
 これらの二派は同じ教え、仏陀自身の教えから生まれてきた。
 仏陀自身は、これら相対立する双方の教えを自ら説かれたのだが、その理解の仕方、解釈において双方は根本的に異なる立場に立っている。
 このことは仏陀が、対立し矛盾する教え、哲学を、その立場を異にする人々ごとに、あえて説かれたことを示している。」

 お釈迦様が説かれたことを類推し、悟りの境地を目ざす時、思惟の土台へ迫れば迫るほど、たった一つの哲学的土台は見出しにくくなる。
 たとえば、仏教哲学がたどりついた二つの代表的立場である唯識(ユイシキ)派と中観(チュウガン)派はまったく違う。
 唯識派は、潜在意識や深層意識など、心が幾重にもなっていることを、西洋心理学に何百年も先がけて把握し、研究してきた。
 中観派は、すべては空(クウ)であるという視点を突き詰めてきた。
 現代の仏教宗派で、この一見、相矛盾する見方の双方をふまえないものはない。
 それは、お釈迦様が、唯一、独自の存在として生きている〈その人〉そのものを、その人が苦から脱するための〈その人〉にふさわしい方法をもって救われたことに起因している。
 たとえば、苛められ、泣いている子供を救う方法と、苦闘しながら生き、人生の不可解さに突き当たって悩む大人を救う方法が同じであるはずはない。

「これは、仏陀が個々の人々の立場の違い、それぞれの必然性をいかに尊重されたか、ということを意味している。
 私自身はこの仏陀の教えにどれほど助けられたかわからない。
 異教、異宗派に私自身が開かれた心で接することができるのは、この教えがあったればこそである。」

 ここで説かれている「それぞれの必然性」は重大な言葉である。
 ある人が、他の誰でもなく〈その人〉として存在していることは、「必然性」と言うしかない。
 このことを深く認識し、まっさらな心で〈その人〉に向かい合う時、ようやく感じとれるのが人間の尊厳らしきものである。
 それに打たれたことのある人は、それを尊重しないではいられない。
 お釈迦様は、全存在をかけて自分を突き詰め、この世を突き詰めた結果、いつでも、誰に対しても、尊厳を感じとれる方になられたのではないだろうか?
 誰と会っても、常に、心で合掌を欠かさなかったのではなかろうか?

 8月5日、マスコミ各社は、貧しいタイ人の女性がオーストラリア人夫婦になり代わって代理出産をし、受け取り拒否にあったダウン症の男児を自ら育てると決心したことを報じた。
 ニュースで観た21才の女性は合掌したまま、インタビューの受け答えをしていた。
 すでに義援金が2000万円も集まったらしく、今後、女性がどのように生きて行くかはわからない。
 しかし、合掌の姿は神々しく感じられた。

 当山は、伝授を受け、修行した方法によって修法を行っているが、ご縁を求めてご来山される相手様が何を信じておられようと、まったく区別や差別を行わずに祈る。
 ダライ・ラマ法王と同じく「この仏陀の教えにどれほど助けられたかわからない」し、「異教、異宗派に私自身が開かれた心で接することができるのは、この教えがあったればこそである」というのが実感である。

 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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