コラム

 公開日: 2014-08-12 

お盆でお寺に行く時に考えておきたいこと ―帰依(キエ)とは何か?―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈金魚の子とタナゴです〉

 どこのお寺の法会でも、必ず最初に、「仏に帰依(キエ)します」「法に帰依します」「僧に帰依します」とお唱えすることでしょう。
 み仏であるご本尊様と、その教えと救いのお力と、それを守っている人々とを三宝(サンボウ)といい、三宝に帰依すればもう立派な仏教徒と言えます。
 言い換えれば、仏教徒とは三宝に帰依する人です。

 帰依とは、「拠り所とする」という意味です。
 映画などで、窮地に陥った人が「南無三(ナムサン)!」と口走る場面を目にしますが、これは「南無三宝」の略です。
 そして、南無はインドの言葉であるナマス、ナモーの音写で、敬意を表し礼拝することであり、帰依の同義語でもあります。
 だから、仏神のご加護が欲しい場面で、思わず、呪文のように唱えてしまうのです。

 さて、帰依する時に大切なのは、漫然と目の前のお像を拝んだり、教えられた言葉を唱えたりすることではありません。
 それはあくまでも〈入り口〉です。
 ご本尊様をよく観て合掌し、目を閉じたまま網膜にそれが浮かんだ状態を保っていると、だんだん、清らかな気持になります。
 真言などを唱えると、さらに一段と、澄んで深い湖になったような静かで、波立たない状態になります。
 自分の心におられるみ仏の清浄な心が動き出しているからです。
 これを仏性(ブッショウ)、あるいは霊性(レイセイ)とも言いますが、真の拠り所をここに定めることが大切です。

 また、弥勒菩薩(ミロクボサツ)様は、真の帰依について三つのポイントを説かれました。

1 あらゆるもののために役立ちたいという心

 私たちはよく「自己実現」と言いますが、自分という特殊な〈種〉のようなものがどこかにあるわけではありません。
 人と人との間にある人間として、自分が置かれた立場なりに、自分のできることを行っていれば、いつしか〈自分〉は現れます。
 役割を果たす、役立つ、といったことがなければ、〈虚〉でない〈実〉の人生は生きられません。
 役立つとは、モノ金ではなく、誠実さの問題です。
 たとえ介護されていようとも、人間としての矜恃を保ち、感謝を気持を表現できれば、立派に〈実〉の人生を生きていると言えましょう。
 そのように、「誠実でありたい」と願いつつ帰依したいものです。

2 役立つために煩悩(ボンノウ)を離れ、悟りを開こうとする心

 自分を省みて懺悔(サンゲ)する時、いかに周囲のおかげでここまで生きてこられたかが、身に沁みてわかります。
 周囲から思いをいただき、言葉をいただき、モノもいただきながら生かされてきたのです。
 そして、「ああ、ありがたい」と感謝すれば、「このままではいられない」と報恩の気持が起こることでしょう。
 しかし、〈こんな自分〉のままでは、人間としてろくなことができません。
 だから、自分の愚かさや汚れや穢れをなくしたくなります。
 こうして「脱皮したい」と願いつつ帰依したいものです。

3 自分を変えるためにはどうすればよいかと探求する心

 仏教は、道理で考え、思いやりを行動の根本におく教えです。
 智慧と慈悲に生きる方法を学び実践しつつ歩むのが仏道です。
 ここには迷いを断つ知性のはたらきを高め、人や社会や自然と感応する感性を高めるための扉が用意されています。
 しかも、扉の向こうは全くの別世界ではありません。
 たとえてみれば自分に合ったメガネをかけるようなもので、この世このままながら、よりクリアに見え、より生き生きした人間関係がもたらされます。
 誠実でありたい、脱皮したいのならば、方法を求めたくなるはずですから、すなおに学んでみてはいかがでしょうか。。

 仏教は、「まず、信じよ」ではありません。
 スタートの帰依においても、このように納得と理解があって欲しいものです。
 せっかくお寺に足をはこび、一緒に「帰依仏(キエブツ)」と唱えるのならば、こうしたことごとを頭の隅においてやってみましょう。
 必ず、心のどこかが、何かが変わり、清々しいそよ風を感じられることでしょう。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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