コラム

 公開日: 2014-08-14 

どうして般若心経には「無」がたくさん出てくるのでしょうか? ―二重の真理―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



〈寺子屋『法楽舘』において「懺悔と救い」のお話をしました〉


〈「懺悔と救い」のテキストをA5版の小冊子にしtました。ご希望の方へお送りしています〉

 寺子屋でご質問がありました。
「般若心経には、『無』という文字が『無い』という意味で、17回も使われています。
 一方、『空』は7回で『不』の8回よりも少ないんです。
 しかも『苦』に至っては、たったの2回。
 それなのに、苦を克服できる空の経典とされているのはなぜですか?」
 確かにそうです。
 まるで「無」を説いているかのようです。
 では、ここで説く「無い」とはどういう意味でしょうか?

 最初に出てくるのは「無色(ムシキ)」です。
 仏教語としての色は、形あるモノを意味します。
 自分の身体も、パソコンも、ネコも、家も皆、色です。
 つねれば痛いし、お腹がすくし、目や耳もあって生きているのに、自分の身体という〈色〉が〈無〉いと言われてもとうてい信じられません。
 ではなぜ、み仏は「無い」と説かれたのか?

 それは、「非日常的で究極的なレベルから観れば無い」ということです。
 逆に言えば「日常的で一般的なレベルから観れば有る」ので、つねって痛いから身体は有ると考えてまったく問題はなく、般若心経はそのことを否定しているのではありません。
 私たち凡夫の目に映るこの世と、み仏の目に映るこの世とは、違って観えているのです。

 そして、凡夫の目で生きている私たちは、み仏の目から観て究極的には〈無い〉ものにすがり、頼っているので、結局は、ここでも、あそこでも、〈ままならない〉状況が生まれてしまいます。
 それが〈苦〉です。
 だから、せめて、苦に押し潰されそうになった時は、み仏の目でこの世を観察しなおしたいものです。
 では、どうすれば〈み仏の目〉になれるか?
 般若心経の教えに触れるのも、考えるのも、写経するのも、経典や真言を読誦(ドクジュ)するのも、瞑想するのも、お詣りするのも、すべては、〈み仏体験〉につながります。
 実践がなければ、体験はできません。
 ご先祖様を想うお盆は貴重なチャンスです!

 こうした真理の二重性を説いたのが、大乗仏教の中観派(チュウガンハ)と呼ばれる聖者の方々です。
 昨日も今日も同じ身体があり、同じ自分がいるのは事実なのだから、昨日行った約束を今日はきちんと守りましょうというのが、「世俗の真理」に立った考え方であり、ここをきちんとしてこそ、まっとうな日常生活が送られます。
 昨日も今日も同じ身体があり、同じ自分がいて、家もお金もあると思っても、それは諸条件がたまたま調っている〈仮そめの〉状態に過ぎないのだから、いつ、何がどうなっても大丈夫なように、悪行には早く始末をつけ、モノ金にすがらず善行にいそしみましょうというのが、「究極の真理」に立った考え方であり、そうして生きていれば、不安や迷いの少ない人生を送られます。

 お釈迦様は、相手に応じて「世俗の真理」によっても救い、「究極の真理」によっても救われました。
 お釈迦様が入滅してから約700年後に真理の二重性が整理され、中観派(チュウガンハ)が成立しました。
 そこで、「あらゆるものは何かとの関係性の中で仮そめに有り、その何かも、つきつめて行けばそれ自体で有るのではなく、それ自体で単独に有るものは何もない」という空(クウ)の思想が確立しました。
 それから約1800年かけて二重性はさらに整理され、究極の真理も深められつつあります。
 ダライ・ラマ法王が説かれるように、仏教という宗教は、科学の方法とよく似たやり方をもって進んで来たのです。

 こんな視点も持ちながら、至心に般若心経を読んでみましょう。
 きっと、これまでよりもスッと心へ入ることでしょう。

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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