セミナー・イベント情報

お盆供養会

  • [ まなぶ ]
開催日
概要

イメージ

 例年どおりオープンに行います。
 どなたでも区別せずご供養しますので、どうぞ、塔婆供養をお申し込みください。
 また、参加して護摩の火を受けるのも自由です。
 一年に一度、餓鬼界などでさまよっているかも知れない未成仏霊の方々も、共に供養しましょう。

・日  時 八月十五日(月)午前十時~十一時
・場  所 法楽寺講堂
・参  加 自由

 私たちは「飽食の時代」に生き、お盆供養会の意義も忘れられかけていますが、長澤弘隆師の著書『空海の仏教総合学』には、庶民と寺院の真実が描かれています。

 経典によれば、餓鬼は食べられないという苦を受けた存在です。

「江戸時代に何度かの飢饉があった。
 ある時の飢饉で、町にも村にも山にも餓死横死の死骸が無惨にころがっている。
 身よりの者が死体をお寺の境内に運び込み、非業の死を遂げた身内の者の供養を頼み込んだ。
 住職は哀れんで境内に横たわる死体に浄水をそそいで清め、飲食と香華を手向け、読経供養した。その数は繁多(ハンタ)にして翰墨(カンボク…筆と墨)にいとまがないほどであったが、住職は丁寧に一人一人の名を身内の者から聞きそれを紙を綴じた帳簿に記録した。
 なくなった人たちがあまりに多かったので、とても葬儀どころではなく、亡魂・幽鬼だった。

 飢饉によって多くの餓死横死者が出たほか、やっと生き延びた人々が食べるものがない状況で苦しんでいる。
 食べものの貯えが底をついてしまった人々は、路頭に迷いながら次から次へお寺の境内にやってくる。
 それを哀れんだ住職は寺領の田畑でとれた米やいもや野菜を境内に運び、大きな鍋に芋粥や野菜汁をつくり、飢えた人たちに食べさせてあげた。

 飢饉の翌年になりお盆の時期となった。
 死者を出した家では粗末ながら『盆棚』を用意し、寺からいただいた白木の位牌を出し、香や花や灯明や心づくしの食べものを供えて新盆の精霊を供養した。
 寺では引き取り手のなかった死者のために、本堂に『施餓鬼』壇を設け、みそ萩の花を供え、浄器に飲食を盛り、餓鬼幡を立て、過去帳に記録した名をいちいち呼び、住職の修法と読経のうちに無縁の精霊を供養した。 
 終わって、境内に集まってきた今もなお飢饉に苦しむ人々に住職は去年と同様飲食をふるまった。

 寺の『施餓鬼』供養のことを聞きつけて、ある家の主が住職に頼んだ。
『実はうちのバァさん、さんざん苦労してその挙げ句が餓死だ。葬式も出せなかった。お寺で何か餓死者の供養があるって聞いたんで、せめてうちのバァさんもついでにおがんでもらえないかと思って、付け餓鬼っていうんですかい、何にもお寺に持ってこられないんだが頼まれてくれませんか』。
 住職は快く引き受け、板の塔婆に名前を書き込み、読経の後過去帳の読み上げの最後にこのバァさんの名を読み上げた。
 
 江戸時代、飢饉の時、『餓鬼趣』で苦しむ餓鬼と同じような害死者がこの現世で出た。寺ではこの気の毒な死者を餓鬼になぞらえ、『施餓鬼』供養を行うようになった。
 現在、全国の寺院で行われている『施餓鬼会』あるいは『施食会(セジキエ)』は、この『施餓鬼』供養に便じて『付け施餓鬼』という先祖供養を加え、むしろそれが今は主旨になっている。」

 師の説かれるところには大いに考えさせられます。
 私たちのご先祖様は、過去のどこかで必ず、餓鬼趣という耐えがたい状況におかれつつ、必死に生き長らえました。
 だからこそ、今の自分がここにいられるのです。
 また、ご先祖様は、必ず餓鬼趣となった家族や身内や友人・知人に心を傷めつつ生きる時期があったはずです。
 施餓鬼供養は決して〈他人ごと〉ではありません。

 師は、餓鬼についてこう説かれました。

「生前の身の悪業・口の悪業・意の悪業・他貪・悪貪・嫉妬・邪見・愛着資生の命終・飢えによる死・枯渇の死の因果応報として、死後の世界でそれらがすべて封じられる責め苦に遭っている死霊。
 仏教は、自我が強く、他に施しもせず、常に利己主義に走る人には、死後にも厳しい責め苦を用意したのである。」

 さて、現代の日本には江戸時代のような飢饉はありません。
 しかし、東日本大震などの大災害によって生じた死霊は、悪業と無関係に厳しい死を迎えねばならなかった方々です。
 身元不明になったり、あるいは海底に沈んだりして、誰からも直接の供養を受けられない御霊が無数におられます。
 こうした御霊を積極的に供養することが、施餓鬼供養の大切な役割ではないでしょうか。

 師は説かれます。

「飽食の時代の『施餓鬼』とは、富む人も瀕する人も、心を養い心をみがき、自己の満足だけ追いかけるのではなく、他に施し他につくし、ともに心が満たされ魂がみずみずしくなることである。」

 そして、「少欲知足」と、自己中心的に何でもかんでも足し算をするのではなく、自分が利を求めようとしない「利他」を勧められました。
 お盆には、ご先祖様など先亡の御霊を供養し、広く供養する施餓鬼の心も持ち、同時に自分の心の清めと向上もはかりたいものです。

遠藤龍地(生きるヒントを教えてくれる仏法のプロ)

大師山 法楽寺

  • 電話:022-346-2106 (お電話の際、「マイベストプロを見た」とお伝えください!)
  • 受付時間:9:00~17:00
    (お通夜、ご葬儀関係はこの限りではありません)
                    
  • 定休日:無休
    ※法務は完全予約制
    (必ず事前に日時のお約束をお願いします)

このプロに問い合わせたい資料を請求したい

最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ