お墓参りが社会をつなぐと考える石屋のプロ
「りらく」連載中のコラム
仙台発・大人の情報誌「りらく」 連載中のコラム。2009年6月号に掲載されたものです
第六話「『生きる』を考える時代」
新緑の季節になりました。今年の仙台は桜の季節が、思った以上に早く過ぎ去ったので、青森まで桜を追かけて行きました。
私はこの年齢になって、弘前城の桜を初めて観ましたが、京都の円山公園とも、三春の滝桜とも違う、桜花の力を感じました。「毎年、桜とともにやってくる春を楽しみに、日本人は生きているのかな。」などと解った様な事を想いながら『お城の桜』を見ていると、その桜の下を歩く人達も、何とはなしに、楽しそうに見えてきます。
「しかし、こんなに多くの人たちが、さて何所から来るものやら。」と、人々の流れを観察していると、結構お年寄りの方が多いことに気がつきました。まあ、私自身も五十を超えた人間ですから、他人のことは申し上げられませんが、それにしても皆さんお元気です。
ところで突然ですが、なぜ定年退職年齢は六十歳なのでしょうか? 以前、誰かから聞いた話では、かつて(たぶん明治時代の頃)日本人の平均余命は五十から六十歳ぐらいで、それ以上の年齢の人は僅かしか居なかったから、と言う事らしいのです。(本当かな?)
現在の日本では、平均寿命は八十歳を超えています。昨年、私の妻の父親は八十二歳で亡くなりました。その母親は百二歳で、義父の死の数ヵ月後に亡くなりました。寿命が長くなりすぎて、生まれた順に死を迎えることさえも無くなってきました。
私はただの石屋ですので、『年金がどうの』とか、『政治がどうの』などと語ることは出来ませんが、一人の人間として、この長すぎるぐらい延びた人生を、如何に有意義に生きて行けば良いのか、途中で息切れしない生き方を、考えなければなりません。
この連載では『死』に関する準備を主に伝えたいと考えていましたが、『死』を語るならば、同じ様に『生』も考えなくてはならないのですよね。
今、私はあるボランティア団体で、中学生・高校生に、『自分の職業』の話をする活動をさせて頂いています。いろいろな職種の大人たちの話を聞きながら、若い人たちにこれからの生き方を考えてもらうという企画で、今年の春休みは、県南部の高校の教室で八人から十人の生徒さんと話す機会が、二日間で五回ほどありました。夏休みも、冬休みもお話をさせて頂く予定が入っています。
初めての時は、「わけわかんないオヤジが、何を話すの!」みたいな態度をとる子が多いのかな?と、考えていましたが、どの子も真剣に話を聞いてくれます。後日、お話をした生徒の皆さん一人一人の感想が、私の所に送られてきます。私は、同じ様な話をしたつもりですが、みんな感じ方が違う様で、それぞれの感想・感謝の言葉が綴られています。私の話が、彼らの心の栄養に成ったのなら、これから長い人生を生きていく上での参考に成ったのなら、私にとってもありがたい事だと思います。
しかし、大人が若者に対してこうした活動をしなければいけないというのは、生きるだけで精一杯だった時代とは違い、私たちの生活に余裕が出来たからなのでしょうか。人間が一人一人、大切にされるようになったからなのでしょうか。それとも、若い人たちの、生きていこうとする力が弱くなったせいなのでしょうか。
とにかく、若い人たちには、しっかり生きて行ってほしいと、私は思います。まさにこれからは、少子高齢化の時代です。現在三十五歳の人口は約二百五万人だそうです。同じく十五歳の子供達は約百十万人だそうです。このままで行くと、日本で中心になって働く人たちが、二十年後には半分になることになります。ある程度の年齢になっても、我々が働き続ける必要があるのと同時に、生活の基盤も整備しなくてはなりません。安心して働き生活するためにも、『保険』などの見直しも必要なのかもしれません。
充分にお金を持っている人には『保険』は必要無いのかもしれませんが、何かを自分の家族に残したいとか、また、自分の死後、家族には迷惑を掛けたくないという思いがある人にこそ、『保険』は必要です。
『遺言』『遺産』『お墓』何をどのように残すにしても、お金が必要になります。次回はこのような話を、聞きかじりではありますが、少し、してみたいと思います。
仙台発・大人の情報誌「りらく」 連載中のコラム。2009年5月号に掲載されたものです
第五話「遺言を想う時代」
一年で一番華やかな時、桜の頃になりました。寒く厳しい冬を耐えて迎える春、桜花はその春の象徴的な花です。桜木はその華やかな咲き具合から人々の心を引き付けるのか、またその散り際の良さから我々の心に残るのか。映画「おくりびと」の中でも、桜の花で、北国の春をより感動的に描写していました。
かの映画は『散り際の良さ』を表す方法とし「桜」を利用したのかもしれません。いかに綺麗に人生の終焉を表すことができるか、それが映画の、重要なテーマの一つだったと思います。しかし、あの様にきれいな最後を誰もが迎えることができるのでしょうか。
私はまだ春遠き2月上旬、所属している会の研修会で、富士山の麓の研修所に行ってきました。その研修所で、私の年齢の半分位の若い教官に、箸の上げ下ろしから、布団の整理、靴のそろえ方に至るまで指導され、まるで学生時代に戻ったような楽しい二日間を過ごしてきました。
その中の講義のひとつ、二百人近くの講習生の入った講義室で、ある教官が「皆さんは、遺言を書いていますか?遺言書を用意されている方は手を上げてください」と言いました。誰一人手を上げないのを見た教官は、「あなた方は、お幾つのつもりなのですか。まだ二十歳ぐらいのつもりですか?五十歳を過ぎた人間は、この世に感謝をする上でも、残される家族の為にも、ちゃんと遺言は書いてください。」
そうです、遺言書は残される家族に紛争の種を残さない様にする為にも大切なことですが、いま現状の自分を見詰め直す良いきっかけにもなります。遺言を書いたからといって明日すぐに死んでしまう訳ではありませんし、それを直ちに実行しなくてはならない事もありません。今まで自分が積み上げてきた人生の整理の為と思って書いて見るのも良いのかもしれません。
以前、息子の通っていた中学校の校長先生と在校生の親御さんの葬儀に参列した時の事でした。帰りの車の中で校長が「あなたの荷物を整理しておいてくれと母親に話しているのですが、なかなかしてくれなくて」と突然のように話し始めました。
何の事かと、校長先生の話を聞いていると、「自分もそうだが、現代人は意外と多くの物を持っている、本当に必要な物は少しなのに、なぜあんなに荷物があるのだろうか。いつかは私の母も亡くなる、其の時、私は母の荷物をちゃんと整理できないと思う。悲しみも有るが、それ以上に、母の人生の重さを考えると、何も捨てることが出来無いかも知れない。だから自分で荷物の整理をしておいて欲しいと言っているのです。」との事でした。
遺言書とは、この荷物の整理と同じなのかもしれません。自分の人生の中で積み上げられた荷物を、整理する時期がいつかは来るのです。自分が大切にしていたものを、誰に残すのか、または、捨ててしまって良い物なのか、その判断は誰でも無い、あなたがしなくてはならないのです。
私の知り合いの、司法書士・行政書士の先生方は、定期的に『無料相談会』を開催しています。相談を受ける内容は、それはもう様々だそうです。グループの中に、税理士や福祉関係の方、ファイナンシャルプランナーなどもおられるので、あらゆる相談に乗ってもらえます。その先生方から聞いた話です。「残す財産なんかありません」と言われるお年寄りが多い様ですが、「経験的に言うと、どんなに少しでも、残っている物が有ればそれなりに揉める事になる。」との事です。
またこれは、ある弁護士さんから覗った話ですが、同一の場所にある家と土地を、家は弟、土地は兄と言う様に、二人の息子に残す遺言を残された方があり、後日その家土地をどうするかで大変お困りになったようです。詳しくお話をお聞きすることは出来ませんでしたが、親にしてみれば「仲の良い兄弟が、仲良く一緒に暮らせば良い。」と云う事だったのか、「ちゃんと話し合いで、どうするかを、二人で決めなさい」ということだったのか、どちらにしても、それぞれに家庭を持っている兄弟が、一つの家土地を共同で使う訳には行かなかったようです。
この様に、遺言書を残さなくても大変、残しても実効性の無い物なら、なおさら大変。きれいにこの世と「おさらば」する為にも、今から準備しても早くは無いと思います。それも、出来ればきちんとした形の物を。
それともうひとつ大切なことですが、遺言書はあなたの財産だけを残すのもでは有りません。
あなたの『こころ』をも、連れ合いや、お子さん・お孫さんのために残す、大切なものなのです。
仙台発・大人の情報誌「りらく」 連載中のコラム。2009年4月号に掲載されたものです
第四話「儀式を考える時代」
先日、息子がお世話になった高校の卒業式に行ってきました。息子は昨年卒業してしまいましたので、この日に卒業する私の身内は誰もいません。ですが、今もPTAのお世話をしています関係上、一応、来賓として招待されたのです。しかし、この手の儀式は、同じ来賓でも、祝辞を述べさせて頂く位の『先生』なら、それなりの緊張感を持って、粛々と進行される儀式を見守ることも出来るのでしょうが。その『先生』方の後方で寒さに足をがたがたさせている私などは、ただ頭のなかで色々な考えがよぎって行くばかりであります。自分の卒業式はどうだったかな、などと考えていますと、自分には直接関係無くとも、必ず出席しなければならない『儀式』が生きている内に、幾つかは有るなと思いました。
入学式・卒業式・成人式・結婚式そして葬式。その他にも色々な『式』が有りますが、葬式以外のいずれの『儀式』に出席しても、主役である子供や若者は活き活きとしていて、見ていて愉しいものです。しかし、そのような儀式の中でも『葬式』は唯一「主役」不在の儀式です。主役不在と言うよりは、主役が不明と言ったほうが良いのでしょうか?
その昔結婚式は、新郎と新婦の結婚のみならず両家族の婚儀の様な所があり、その地域の重要な儀式であり、未来につながる大切な行事であったような気がします。それに対して葬式は、今のように僧侶が「引導」を渡す様な事もせず、ただ遺体を村はずれの空き地に埋めに行くだけの事だったのです。では、いつ頃から今のような『葬式』が行なわれる様になったのでしょうか。
かつて日本における仏教は、国の定める宗教であり、すべての人がいずれかのお寺の檀家として登録されていました。各地のお寺が現在の村役場の住民課の機能をしていたのです。ご住職は役場の住民課の係りであり、相談員でもあり、時としては親代わりでもあったのです。しかしその役割は明治に入ると共に終わることになります。政府機関から収入を得られなくなったお寺は自らの力で生計を立てなくてはならなくなりました。その為、「読経・戒名(法名)」に『お気持ち(?)』と言う判りにくいお布施を頂くようになると共に、僧侶は積極的に、『葬式』に参加・運営をするように成って行ったのです。同様に、村の人たちが協力して運営した葬式にも専門の業者が現れ、現在のような、『葬儀』になっていったと思われます。
私は、両親を高校生のころに亡くしました。葬儀は、喪主である兄がすべてを執り行いましたので、はっきりとしたことは覚えておりませんが、そのとき身内の誰かが「結婚式は赤字だけど、葬式は黒字になるものよ。」と言っていたことを鮮明に覚えております。風習の違いが有りますので、何処でもそうだとは思いませんが、自宅で葬式をしていた頃はそうだったのではないかと思います。以前はその余ったお金を、お墓の準備に利用したり、しばらくの間の生活費にしたりしたのです。でも今は、頂いた香典のほかに二百万円以上の出費があるのが普通だといいます。
また、友人から聞いた話ですが、ご遺体を病院より自宅などに運ぶ寝台車の中から遺族に対する葬儀社の営業は始まります。彼らは必ず会館葬を進めてきます。会館で葬儀をすることが現在では一般的ですので、ほとんどの遺族は了解しますが中には「自宅で」と強く要望される遺族もあるようです。すると営業員は、『ぜひ、会館で・・・』を繰り返すのです。でも、それが無理だとわかると手の平を反したような態度をとる事が有ると言います(一部の葬儀社のお話だと思いますが)
何にしても『通夜・火葬・葬儀・告別式・法要』という流れで『儀式』は進んでいきます。地方によって風習の違いがありますので、同じ宗派のご住職でも、地域毎に作法が違うことがあります。すると、親戚の中でもちょっとうるさ型の人が「何で、そうなるのか」と異議を申される事も有ります。(金も出さないのに)
また、弔辞の順番や、お花の位置で文句を言って来る「友人代表」も居たりすると、収拾がつかなくなります。そのような中で遺族は『式』を厳粛に進めていかなければならないのです。悲しんでいる間さえ無いのが現実でしょう。
亡くなった方とゆっくりお別れをする為にも、生前から家族の中で『葬儀』についてお話をしておくのが良いのではないかと、私は思います。
私は石屋ですので、生前建墓(寿陵)を提案した時に「縁起でも無い!」とお客様から言われることが、たまに有ります。ですが、葬儀に対する姿勢と同様に、生前にお話し合いされることが『おくられる』者が『おくるひと』に残せる、ささやかではあるが、確かな愛情だと思います。
仙台発・大人の情報誌「りらく」 連載中のコラム。2009年3月号に掲載されたものです。
第三話「宗教の時代!」
ここ一年くらい、毎月第四土曜日に「寺子屋」と称するお寺の講話会に行っています。寺子屋と言えばその昔、地域の子供たちを集めて勉強を教え、一緒に遊びながら礼儀や作法といった事も教える場所だったと思いますが、私が通っている寺子屋は、大人達(かなりいい大人)が集まって、宗教のお話を聞く場所になっています。宗教のお話と言っても、そんなに難しいお話ではありません。「般若心経」は何を語っているのかとか、仏壇の飾り方とか、密教と顕教について等を、そのお寺のご住職から、判り易く解説していただいています。参加している人たちは、そのお寺の檀家さんばかりではなく、カルチャースクール感覚で来られるご婦人達もいらっしゃいます。宗教とのかかわりが少なくなった今は、このようなやり方で宗教と付き合うのも良いのではないかと、私は思います。
「いいや、宗教とは、もっと真剣にするものだ。」といわれる方もいるとは思いますが、どのような宗教であっても「まず肌で触れてみること」が大切なのではないでしょうか。
「あら、何言っているのよ、私の家は○○寺の檀家で、○○住職とは子供の頃からの・・云々。」という方もいらっしゃいますが、そういう方に限って、「この何年間、一度もお寺様に顔を出して無い。」というのが真実ではないでしょうか。
宗教との関りと言えば、もう三十数年前の昔話になりますが、私は高校を卒業した年に、インドのバンガロールという町で、数ヶ月間生活をしました。今でこそ、インド第三の都市、インドのシリコンバレーと呼ばれている都市ですが、その当時は住宅の屋根の上に野生の猿が日向ぼっこをする、私の住んでいた家の庭のアーモンドの木には、リスが棲んでいるような、のんびりとした田舎町でした。
ですから、当時のインド人にしてみれば、近所に住んでいる極東の若者は珍しいようで、毎日の様に近隣の家から、遊びに来るよう招待されました。そうして、遠慮の無い若者の私が遊びに行くと、どこの家に行っても、その家のお父さんから、最初に出る質問は「ところで、君の宗教は何かね」と言うものでした。それは、インドでは生活の中に宗教が根付いていると言う事でも有り、私に対して失礼にならないようにする為の質問なのです。日本では感じることのなかった宗教観を、その時私は始めて感じました。そして、その答えとして、大抵「私は、仏教徒です。」内心「そうかな?」と思いながらも、私はそう答えていました。そうでしょ、私たちはもう千数百年以上も仏教徒をしている民族に属しているのですから。でも、仏教発祥の地であるインドの人たちのほとんどは、ヒンズー教徒であり、あとは回教徒とキリスト教徒ですけどね。
私たち日本の仏教は、その昔インドでお釈迦様の説いた思想と、インド古来の宗教の合体した物が、中国に伝えられ、中国から朝鮮半島を通って日本に渡ってきたものです。日本に来るまでに通過してきた国の神々と融合しながら、日本に到着した仏教は、我が国古来の神様達とまた合体して、現在の形が出来上がって来たのです。そういう意味では、日本仏教とは、アジアの神々の集合体が、我々の風土・気候・習慣によって日本風にアレンジされた物と言えるでしょう。
私は、仏教の宗派ごとの難しい教義も判りませんし、「経」も読めませんが、先祖代々、私達の心の中に受け継がれた思想が、日本仏教の中に在ると思います。
妄信的に宗教にのめりこむ必要は無いと思いますが、これからは、宗教が何かと必要になる時が来ると、私は考えています。
私がインドに行った頃とは違い、世界は狭くなっていますが、あの時、私が感じた宗教観は、広い(狭い?)世界の中で生きて行く為の世界観の様な物だったのかもしれません。
インドがそうで在るように、世界中の国々のほとんどの国民の心に、何かの宗教が存在するのです。しっかりとした宗教観を持つ人々は、強い心を持っています。その心が、時として戦いに結びつくこともありますが、ただ葬儀の対象としてしか宗教を感じない国民よりは、しっかりとした世界観が有ると思います。
仏教をはじめ、宗教は死んだ人の為に在るのではありません。今生きている人の為に在るのです。
仙台発・大人の情報誌「りらく」 連載中のコラム。2009年2月号に掲載されたものです。
第二話「墓石不要の時代?」
遺言・葬儀・お墓・仏壇・保険、いずれも大切な事柄ですが、私は石屋ですので、まずは墓石の話からはじめます。
お墓の発祥は・・・、などと始めても、面白くもなんとも無いでしょうから、お墓は何故必要なのか、本当の必要なのか?と言った所から、みなさんと一緒に考えて行きたいと思います。
ところで、みなさんは自分のお墓を想像したことがありますか?田舎にある昔ながらの墓(代々受け継がれた墓石)。近代的な霊園にあるモダンなお墓(お墓参りに来てくれた人達が「ふうんん」と頷く様な!)。お寺の墓地にある合祀墓(みんな一緒で楽しそう?)。しかし、どの様な「お墓」にしても、故人(自分)が生きた証がそこ(墓地・墓石)に存在するのだと、私は考えております。
でも、このところの新聞や雑誌の記事を見ますと、まるで墓石は有っても無くてもよい様な内容のものが見受けられます。ちょっと前に話題になった「樹木葬」や、海や山に散骨する「自然葬」、遺骨を小さなカプセルに入れてロケットで打ち上げる「宇宙葬」と言うのも有りました。どれも新しい形の「お墓」なのでしょうから、悪くはないと思います。
それでは改めて、お墓って何なんでしょう。お墓が在る事で人間は幸せに成れるのでしょうか?お墓なんか無くても人間は幸せなのでしょうか?
そう言えば、仲良くさせて頂いている近所のガーデナーに「石屋さんは、幸せですね。」と言われた事が有ります。「さて、私の何が、何をして幸せなのか?」と思いました。不景気でお金には追われているし、人間関係もすべてが円満だとは言えませんし、「何が幸せなものか。」と思いながら、「私のどこが幸せそうに見えますか?」と訊いてみると、「家族仲は良いし。楽しそうに生活しているし。第一、いつも前向きに活動しているように見えますよ。」との事。「そうですか!」他人にはそう見えているのですか。ならば、私は幸せなのかな。でも、若い頃の私は、自分の仕事に、いまひとつ自信が持てなかった。なんとなく「石屋」という仕事を後ろめたく思っていた。石屋にしろ、葬儀屋にしろ、他人の不幸を食い物にしている商売ように感じていたのかもしれません。しかし、数年前から考え方が少し変わってきました。毎日石を見ているせいなのか、長い歳月をかけて地中で生成された石に愛着が出てきたのか、今では人々の心の中に、「墓」を通して、家族の思い出を残すという大切な仕事をしているという自負が出てきました。そうした思いが、私を幸せそうに見せているのでしょうか。
ところで、なぜ、世界中どこに行っても「お墓」は石で出来ているのでしょう。私は、人間は「石」に永遠の生命を感じているのではないかと考えています。千年以上もの昔の石の構築物が今でも現存します。大理石や砂岩であったり、花崗岩であったりしますが、その地域にあった素材の石で出来上がっています。創った人々の思いを、今も語り続けているのです。
「自然葬」や「樹木葬」を私は否定しませんが、自分の生きた証や思いを家族に残すことも大切ではないかと思います。
自分は誰よりもがんばったと思う人は、がんばった証として。自分が幸せであったと思える人は「私は幸せだった」という思いを家族に残してあげてほしいのです。
また、残された家族は「お墓参り」をすることで、故人とゆっくり話をしていただきたいと思います。
私が所属している会では、いろいろな経営者や、あらゆる分野で働く人から、お話を聞くことが出来ます。その方達の講演でよく出るお話に「事業や、仕事に行き詰った時、先祖のお墓に行って、墓石に向って話しかける」そうです。相手は石ですから、絶対返事をしてくれる事はありませんが、墓石と向かい合っていると、何かが聞こえてくるような気がするそうです。それが何かは人によって違うと思いますが、ここに自分の基本が在ると思うことで、次に進むことが出来るのかもしれません。
いま家族のお墓がある人は、きれいに掃除をして、長く使っていただきたいと思います。また今お墓をお持ちで無い人は、これからの人達にお墓を残してあげてほしいと思います。
「千の風になって」という唄が流行し、歌詞はまるで「墓なぞは必要ないものだ」と歌っているように聞こえますが、「千の風・・」という唄は、決して墓は不要だと歌っているわけではありません。人間は死んでも、皆さんの思い出と一緒に生きているのです。と、歌っているのです。作者の新井満氏が、友人の死に対してこの唄を創った時、亡くなった友人は常に我々と共に在る事を、故人の家族に伝えたかったと聞いたことがあります。
「墓」は心の支えです。大切にしてください。人生の最終駅がお墓なのです。
仙台発・大人の情報誌「りらく」 連載中のコラム。2009年1月号に掲載されたものです。
「こころの時代」
これから始めるお話は、石屋の私と同年代で、雑誌「りらく」を人生の友として愛する読者諸兄と、一緒に考えていかなくてはならないお話、若いときには、思いもつかない様なお話です。
いきなり重い話です。われわれ人間はいつか「死」を迎えます。この世に「生」を受けた次の瞬間から、「死」に向かって人生という「長い旅」が始まるといってもよいかも知れませ。
石屋である私は、今まで色々な「死」の場面に立ち会ってきました。葬儀が終わってからすぐの納骨(お骨を墓石のカロートに収めること)の場合は、葬儀の緊張感がそのまま墓地まで持ち込まれたような、かなり重い雰囲。
四十九日の納骨の時は、遺族の皆さんもかなり落ち着かれて、ゆっくりと故人を偲ばれるような、凛とした空気の中にも、なんとなく落ち着いた雰囲気があります。
新たにお墓を建立してからの納骨の場合は、大切な「お墓の建立」という仕事をしたぞ、という満足感からか。または、虚脱感なのか、ご自分の生活の中から、亡くなられた方の「死」を、ご遺族各人それぞれの立場から、客観的に見られるようになっているようです。
そう言えば、このところ、新聞や週刊誌・月刊誌の紙面にも多く、葬儀・墓石等の記事を見かけるような気がするのは、私が石屋という職業なのだけでしょうか?
今年は映画「おくりびと」のヒットも有ってか「死」に対する考え方が、少しずつではありますが変化してきたように思えます。忌み嫌うものであって、非日常的なものであった「死」が、大切な人を送る為の「入口」として表現されたからでしょうか?
「死」は突然訪れます。何人もそれから逃れることは出来ません。その「死」を、私たちは何もせず、ただ待つだけでいいのでしょうか?自分の最後くらい、自分の思い描く形で迎えるよう、今から考え、計画しておいたほうが良いのではないでしょうか。
戦前の日本の社会は、三世代、四世代の家族が一つ屋根の下で暮らしていました。長い時間の中で人々は、自然と地域の行事(祭りや冠婚葬祭)を先祖代々の「ならいごと」、として受け継いできました。
家族が孤立してしまった現代の家庭にとっては、生活の一部として受け継がれてきたものの多くを、誰からも教えて貰えないうちに迎えなくてはなりません。
いつか来る「死」に備えて、葬儀・仏壇・墓石・保険・遺産。どれも忘れることの出来ないことです。
先日、知り合いの家で雑談をしていたとき、その家のおばあさんから質問を受けました。
「お墓」は引越しして良いのかな?という内容でした。今から十数年前にお亡くなりになられたおばあさんの連れ合いのお墓が、自宅から高速道路を利用して一時間あまり離れたお寺の墓地にあるそうです。
お彼岸、盆はもちろんのこと、月に一度は、同居の息子さん家族と皆で墓参りを兼ねた、ドライブを楽しまれるそうです。
おじいさんの遺言で、故郷の、その地にお墓を建立したとの事ですが、今になれば、たった一時間のドライブでも、ご高齢の身には、年々負担になってきているようです。
息子さんが高校生までは、その地に御住まいでしたが、大学に入学とともに息子さんも都会に住むようになり、おばあさんの連れ合いの死後は、その地を離れ、息子さんと同居しておられます。
お孫さんにいたっては、年に数回しか訪れない土地になっています。果たしてこのままにして置いて良いものなのか。
お墓を立てた場所が、年々縁遠い場所になってきているのです。
すぐに何をしなくてはならない、と言った話ではありませんが、ご家族でゆっくり話し合う事が必要な内容だと思います。
死に行く人が、残される人たちに、何を求めているのか。残される人は、死に行く人に対して、何をさせて頂けるのか。しっかり考える時代になったのだと思います。
これから数回にわたって、みなさんと、葬儀お墓・仏壇・保険等、一緒に考えて行きたいと思います。
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